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【ニューヨークより】福島の子ども、ニューヨークで原発事故被害を訴える

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2012年04月17日

 

東日本大震災から1年に際し、ニューヨークでも追悼式典や被災地支援コンサートや活動報告会、脱原発運動など、さまざまな関連行事が続いています。

3月4日から10日まで約1週間、福島県郡山市から首都圏に避難した母親と子どもがニューヨークに滞在して、原発事故による生活環境の急変や苦悩を伝えました。福島避難母子の会のメンバー、冨塚千秋さんと悠吏(ゆうり)君(10)、深川美子さんと凱聖(かいせい)君(7)と煌理(きらり)ちゃん(4)の5人です。
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写真右端が本記事執筆者、その左隣がHRNの井上まりさん©小味かおる

 

私は、シーライツの甲斐田さんから、ヒューマンライツ・ナウ(HRN)が5人の滞在に関してボランティア募集していると聞き、手伝いました。また日頃インターン記者をしている「週刊NY生活」という無料紙の取材で、いくつかの日程に同行しました。

5人は、7日午後の国連本部「国連女性の地位委員会」パラレルイベント(HRNと日弁連共催)で、世界中からの国連会議参加者を前に話しました。悠吏君は、避難を前向きに捉えて「長生きをして父や母を安心させたい」と言い、凱聖君は、チェルノブイリ事故に触れ「どうして大人はいつか自分の国でも原発が危なくなると思わなかったのだろう」と疑問を投げかけました。急な避難で友だちに別れのあいさつができなかった、父親には時々しか会えないなど、悲しみを語ると涙ぐむ人もいました。この会議には報道陣がつめかけ、NHKでも放送されました。

8日午前には、5人はNY日本山妙法寺・安田行純法尼が企画した平和行進に参加しました。NY近郊にある3つの原子力発電所の恐怖を伝える目的で約1か月間実施されていた行進で、悠里君と凱聖君が短いスピーチしてから歩き出しました。ヒバクシャ・ストーリーズやピースボートなどの団体のメンバーも一緒に歩き、悠里君と凱聖君は約4キロの全行程を踏破しました。子どもが参加している姿に驚いて、沿道の多くの人が足を止めて眺めていました。 

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平和行進の様子©小味かおる

 

そして立正佼成会の本部で昼食後、国連本部前で座り黙祷しました。

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平和行進を終えて国連の前で©小味かおる

 

午後はニューヨーク大学での広河隆一・森住卓写真展の開会式に参加して、ここでもスピーチしました。

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写真展の会場で、コメントを受ける少年たち©小味かおる

 

母親の冨塚千秋さんと深川美子さんは、NYでも親身になってくれる人たちがいることを実感したと嬉しそうに言い、物質的な支援ではなく「ただ忘れないでほしい」と力強く話しました。 
 

冨塚悠吏君は、意見をしっかり持っていて、大人たちをびっくりさせました。ブログ「福島子どもから支援 関東」http://fukusimakodomosien.blog.fc2.comを立ち上げていて、子どもが意見を出し合う国際会議や、福島の子どもたちが低線量被曝を排出するための「保養」の機会に国際交流キャンプを企画したいと今後の抱負も語りました。悠吏君が「僕たちがこんなふうに思っているよ、僕たちも頑張っているから僕たちにやらせてくれって言いに来ました」と話したことが印象的でした。
*「週刊NY生活」3月17日号22頁に関連記事。http://viewer.nyseikatsu.com/viewer/index.html?edition=388&directory=../editions

余談ですが、4月8日には、ニューヨーク在住のバイオリニストで作曲家の木村まりさんが新作「マイ・ライフ・イン・フクシマ 私が福島に住むということ」を発表しました。福島県在住の6歳児の母、吉田麻里香さんがフェイスブックに掲載して反響を呼んだ同題の詩を、2人の小学生の母親でもある木村さんが強く共感して、吉田さんから作曲許可をとり、ソプラノ用の現代音楽曲に仕上げた曲です。http://youtu.be/LHJQGGTahJIで聴いてみてください。

(2012年4月15日 シーライツNY翻訳グループ・ボランティア 小味かおる)

子どもの権利についての研修や人身売買・児童労働に関する子ども向けの啓発に必要な文房具を配布することができます。

童話や物語の本を5冊購入し、本が傷まないように補強してから図書室に届けることができます。

村の清掃と衛生について学ぶ「ゴミ拾いキャンペーン」を1回開催することができます。